5/5 (日) 『近藤等則・志人(降神) DUO』 @荻窪velvet sun

5/5日
『近藤等則・志人(降神) DUO』 @荻窪velvet sun
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1948
12月15日、愛媛県今治市に生まれる。生家の家業は鍛冶屋だったそうだ。
1961
中学校でブラスバンド部に入部。はじめてトランペットに出会う。中学3年の時、ブラスバンドコンクール四国大会・25人編成部門で優勝。
1964
16才の高校生だった近藤少年は、自宅でたった一人で祖父の死を看取る。
1967
京都大学工学部に入学。軽音楽部、モダンジャズグループに所属。
1969
近藤氏20才。ミュージシャンとして生きていくことを決意。
1970
大阪のジャズ喫茶「インタープレイ・ハチ」で演奏を始める。
「卒業だけはして」と母親に泣きつかれ、京大文学部英米文学科に転部。卒論タイトルはジェームズ・ボールドウィンについての「自由への闘争」。
1972
土取利行氏と知り合い、意気投合。
京大卒業後、近藤氏の彼女(現・近藤夫人)を伴い、なかば駆け落ち状態で上京。
1973~78
様々なアルバイトをしながら体を鍛え、トランペットの練習に励む毎日。73年に新体道に出会う。
1978
9月、ニューヨーク・ローアーイーストサイドに渡る。ジョン・ゾーン、ビル・ラズウェル、フレッド・フリスらNYの多数のミュージシャンと共演。
1979
年明け早々、ユージン・チャドボーンと共に2ヶ月のヨーロッパ・ツアーに出る。ヨーロッパの多数のミュージシャン達とも意気投合。この時期に近藤氏が参加したアルバムの数も相当なもの。
NYで自主レーベル "Bellows" を設立、アルバム 「Fuigo from A Different Dimention」、「Possibilities of The Color Plastic」をリリース。
1979~83
約1年のNY滞在を経ていったん東京へ帰るものの、国内での仕事よりも欧米ミュージシャンからの共演依頼の方が多く、東京と欧米の間を飛び回る「世界流し屋稼業」へ。世界各地で年間100本前後のライブをこなす。
国内では浅川マキとの共演が多かったようだ(80年「One」、82年「Cat nap」)
82年には東京でIMAレーベルを設立、82年「Japan Japon」、83年「Death Is Our Eternal Friend」、84年「What Are You Talking About?」の3作をリリース。
1983
自身の(即興ではない、作曲音楽の)バンド "Tibetan Blue Air Liquid Band" 結成。アルバム「空中浮遊」リリース。
その後、このバンドはメンバーチェンジ等を経て発展的に "Tibetan…" から "近藤等則IMA" へと変化することになる。
1984
"近藤等則 & IMA" 名義での初アルバム「大変」をリリース。
(ただし、まだ山木秀夫氏、富樫春生氏は加わっておらず、 "Tibetan…" から "IMA" への移行期の録音?)
B. ラズウェル、P. ブロッツマン、坂本龍一、渡辺香津美等内外ミュージシャンを集めたパフォーマンス・イベント“東京ミーティング1984”を企画、開催。
B. ラズウェルのプロデュースによるハービー・ハンコック「Sound System」レコーディングに参加。
坂本龍一「音楽図鑑」レコーディングに参加。
1985
B. ラズウェル、アントン・フィア等NY勢を迎えての近藤等則ソロ名義ミニアルバム「CHINA BOOGIE」をリリース。
サムルノリ、姜泰煥トリオ、近藤IMAという顔ぶれで“東京ミーティング1985”および“ソウル・ミーティング”を企画、開催。
近藤IMA 2ndアルバム「METAL POSITION」をリリース。このアルバムより、近藤氏の使う楽器が "Electric Trumpet" とクレジットされるようになる。
1986
近藤IMA 3rdアルバム「KONTON」をリリース。このアルバムのみ、ビル・ラズウェルによるプロデュース(他の近藤IMAのアルバムは近藤氏のセルフ・プロデュース)。
この年より、近藤IMAは毎年ヨーロッパ・ツアーを恒例とすることになる。
1987
近藤等則ソロ名義のアルバム(とは言え演奏メンバーは事実上IMA)「337」をリリース。資生堂、レナウンのCM用に制作された曲と、映画「郷愁」のサウンドトラック用に制作された曲をまとめたもの。
1988
近藤IMA 4thアルバム「HUMAN MARKET」をリリース。
1989
近藤IMA、88年末から89年にかけて、マカオ→日本→オーストラリア→香港の“Pan-Pacific Tour”へ。オーストラリア公演を収録したライブ・アルバム 「KAMIKAZE BLOW」をリリース。
6月4日、天安門虐殺事件勃発。7月17日、近藤IMAによる抗議緊急ライブをインクスティック芝浦にて開催。
映画「てなもんやコネクション」に役者として出演(サントラも担当)。
1990
近藤IMA 5thアルバム「東京薔薇 TOKYO ROSE」をリリース。
1991
6月、近藤IMA 6thアルバム「BRAIN WAR」、初のベストアルバム「GOD・ZILLA FUNK」を相次いでリリース。
近藤氏の故郷、愛媛県今治の唐子浜にて8月17、18日の2日間“瀬戸内海音楽祭 今治ミーティング1991”を近藤氏のプロデュースにより開催。
1992
8月7、8日“今治ミーティング1992”開催。ただし不運にも台風とかち合い、盛り上がりには欠けたようだ。
同月、「今治ミーティング1991LIVE」2枚組CDをリリース。
1993
2月、近藤等則ソロアルバム「TOUCHSTONE[試心石]」をリリース。
8月、ペーター・ブロッツマンらとのカルテットでヨーロッパをツアー(このカルテットは後に "Die Like A Dog Quartet" と命名、不定期に活動継続)。
10月、近藤IMA 7thアルバム「RED CITY SMOKE」をリリース(このアルバムにレックは不参加)。
11月、活動拠点をオランダ・アムステルダムへ移す。
12月、NHK「世界わが心の旅 エルサレム混沌の音」収録のためイスラエルへ。
同月、近藤等則ソロ名義(Mondo Grosso、DJ荏開津広らとの共作)ミニアルバム「CLUB NEW LIGHT」をリリース。
合わせて開催されたイベント“CLUB NEW LIGHT”において、近藤氏はIMA解散を宣言。
1994
臨時編成バンド(特に名前は付けられなかったらしい)によりヨーロッパ・ツアーに出る。
5月、UNESCOにより企画された奈良・東大寺でのイベント“GME (Great Music Experience) '94 AONIYOSHI”に出演、ウェイン・ショーターと共演。
同月、NHK「地球を吹く ペルー・アンデス天空を駆ける音」収録のためペルーへ。
9月、フジテレビ系ドラマ「29歳のクリスマス」出演のため、東京・アムステルダムを往復。
1995
1月17日、阪神・淡路大震災発生。12月3日には神戸朝日ホールにて阪神大震災支援ライブを開催。
6月、CDブック「イズラエル」を発売。
11月、ラジオドラマのサウンドトラックアルバム「東京SHADOW」をリリース。
1996
1月、神戸での震災支援ライブを収録した「神戸 KOBE 17.01.95」をリリース。
8月、DJクラッシュとの共作「記憶」をリリース。
10月、沖縄・久高島にて開催された“神の島久高島ミュージック・キャンプ 沖縄の魂の行方”に沖縄島唄の伝説的重鎮、嘉手苅林昌氏らと共に出演。
1997
8月、八ヶ岳山麓・富士見高原で開催されたジャズイベント“PARTY PARTY '97”に "近藤等則 SPACE PARTY" として出演。メンバーは近藤氏の他、 Munenori Takada (DJ)+エイリアンズと発表されていた。
(このイベントには同日、元IMAの酒井泰三率いるバンド "The Electric Nomad" も出演。共演はなかったものの、IMA解散以降久々の再会だったそうだ)
9月、ダンテの「神曲」をモチーフとしたアルバム「神曲・Variations of the Theme : The Divine Comedy」をリリース。
年末にチベットハウスより、ダライ・ラマ14世提唱の音楽イベント“世界聖なる音楽祭”の日本開催に向けてのオファーを受ける。
1998
この時期は“世界聖なる音楽祭”企画、映画「Great-Grandson of The Man Who Drank A Cow」の撮影等でインド、ドイツ、日本等を点々としていたようだ。
10月、東京・渋谷でのペーター・ブロッツマンと共演のライブMCでも「北インドへ行ってきたばかりだ」と発言。ソロ演奏でインド録音とおぼしき民族音楽をサンプリングする新機軸も披露した。
1999
5月、東京・新宿にて "INCENSE" 名義でライブ。このユニットはこの1度きりだったようだ。
B・ラズウェル、エラルド・ベルノッチとの共作 「CHARGED」をリリース。
この夏、近藤氏はタンブール・ドゥ・ブラザ(コンゴ共和国)、スアール・アグン(インドネシア・バリ)、郭英男(台湾)らワールド系アーティストの来日公演に相次いでゲスト出演。
8月、伊豆大島にて“Mt. Fuji Aid 御神火フェスティバル プレイベント”を開催、「Blow the Earth 地球を吹く in 三原山」と題して三原山外輪山山頂にてライブ、地元の御神火太鼓とも共演。夜には元町港桟橋でもライブを行った。
2000
7月、河口湖にて“Mt. Fuji Aid 2000”をプロデュース、開催。
この年後半は、“世界聖なる音楽祭2001 in 広島”プレイベントをボランティア・スタッフにより各地で開催、近藤氏も各地でライブを行う。
11月4日、“第15回国民文化祭 ひろしま2000 世界遺産から伝える広島のメッセージ”に出演。宮島・厳島神社沖の船上で演奏。琵琶奏者の上原まりとも共演。
11月、近藤氏直々のインタビューによるダライ・ラマのメッセージを織り込んだB・ラズウェルとの共作「LIFE SPACE DEATH」をMusicDeli (MDダウンロード端末)にてリリース(後にCDも発売)。
BS日テレ「幻想美術館 ~楽園に失われた名画 ウォルター・シュピース~」収録のためインドネシア・バリ島へ。
2001
6月1日~3日、広島、宮島の厳島神社にて“世界聖なる音楽祭・広島2001”を近藤氏の総合プロデュースにより開催。
6月、NHK「極北の夏を駆け抜けて ~大自然のパノラマ・アラスカ鉄道~」収録のためアラスカへ。
近藤氏の自主レーベル "SPIRITUAL NATURE" を発足。Dirk Watchelear、DJ Grazhoppaとの共作「FIND A PLANET」をリリース。
12月24・25日には銀座・資生堂ビルにてクリスマスイベント“THE FIRST LIGHT X'mas”をプロデュース。栄芝師匠との共演やポップデュオ "Fruits Song Girls" を初披露。
2002
「夢見の芭蕉~近藤等則・熊野を吹く~」がNHKハイビジョンでオンエア。
新ユニット "FREE ELECTRO" を結成、10月に川崎で初ライブ。
10月、ユニット "CHARGED"としての“世界聖なる音楽祭”での演奏およびドイツ・オランダのツアーでの演奏を収録したライブアルバム「CHARGED LIVE」をリリース。
12月、近藤等則ソロ名義作「NERVE TRIPPER」リリース。
年末から年始にかけて、横浜で4日間連続ライブを敢行。大晦日にはカウントダウン・ライブも催し、盛況を博した。
2003
5月、端唄の栄芝師匠との共演作「The 吉原」リリース。
2003年半ばより、ライブハウスJirokichiマスターである荒井ABO誠氏のセッションバンド "Didgeridoo Magic" にたびたび参加。
9月~10月にかけて "The 吉原" のライブを東京、大阪で開催。
10月、Free Electro名義の初アルバム「OVER THE RAINBOMB」をリリース。
10月4日に愛媛県松山・松山城にて“地球を吹く in 松山城”を開催。
12月、アルバム「The 吉原」が第45回レコード大賞・企画賞を受賞。
2004
7月、日比谷野音にてライブハウスJirokichi30周年記念ライブ“BLUES & JAZZ EXPLOSION”開催。近藤氏はテーマ曲「友情」を作曲し、提供。
9月、新宿PIT INNでのイベント“TOKYO ROTATION”(Bill Laswellを中心に、1週間にわたり様々なメンバーとの共演ライブ)に2日にわたり出演。John Zornとも久々に共演を果たす。
11月、金大煥追悼のイベント“黒雨・金大煥記念~日韓文化芸術フェスティバル”に出演。黒田征太郎氏とのライブペインティングを披露。
2005
ヒロシマ・ナガサキ原爆投下60周年を迎え、黒田征太郎・近藤等則・荒木経惟・安藤忠雄らを中心にピカドン・プロジェクトを開始。
3月、John Zorn主宰のTzadikよりソロアルバム「FUKYO 風狂」リリース。
5月、四国のタオルメーカー・トウヨテリー主宰のサイト「たおる村」よりオリジナルCD「SOFT TOUCH」リリース。
津和野高校合唱部より合唱曲の制作依頼を受け、6月に津和野にて合唱組曲「宇宙の唄(青空~星の夜~響き)」を初演。
7月、新宿PIT INNにて近藤氏プロデュースによるライブイベント“PIKADON 2005 LIVE”を開催。
また、東京・京都にてライブイベント“PIKADON ART LIVE 2005”も開催。
ピカドン・プロジェクトの一環として、佐原一哉氏および近藤氏の詩に黒田征太郎が画を寄せた絵本+CD(古謝美佐子の「黒い雨」および都はるみの「心の街」を収録)「ふたつの黒い雨」リリース。
2006
1月、小島良喜、森園勝敏、荒井ABO誠等総勢10名によるライブを2日に渡り開催。このユニットは後に "K.K.P.Orchestra" と命名。
2月、DJ高田宗典とドラマー藤掛正隆のユニット "Killer Mantis" のライブに近藤氏がゲスト出演。ギターの酒井泰三、ベースのレックも緊急ゲストとして集い、近藤IMAバンドを彷彿とさせる顔ぶれが久々に揃った。
4月、画家のトム・レイズとライブペインティングのセッションを開催。
また、元Luna SeaのSugizoとこの時期たびたび共演。共作曲「Tears for Mother Earth」はstop-rokkasho.orgで公開。
ピカドン・プロジェクトの一環として、タイのHIV感染孤児の描いた絵本+CD(倍賞千恵子「小さな星の唄」およびUA「ルン」を収録)「ルン ちいさなこどう」リリース。
9月、山木秀夫、後藤次利と近藤氏の3者顔合わせによるライブ開催。
12月、東京・白寿ホールにてソロライブ“Blow The Earth”を2日にわたり開催。
2007
1月、“ULTRA SESSION 2007”と題してSugizo、Rebel Familia、仲野茂、レック、湊雅史、DJ高田等多彩なゲストを招いてのライブを3日にわたり開催。
3月、Peter Brötzmannとのセッションライブイベント “BrotzFest2007”に近藤氏も参加。
4月、文・近藤等則、画・智内兄助による絵本「ぼくがうまれた音」刊行。
同月、新宿PIT INNでのイベント “TOKYO ROTATION 2007”に近藤氏も参加。Bill Laswellと共に大友良英、中村達也、 山木秀夫、DJ Krushらと共演。
8月、Bill Laswell率いるバンド "Method of Defiance" のメンバーとして東京・大阪でライブ。
9月、第1回「地球を吹く in Japan」“日の出を吹く”を千葉県・九十九里浜にて開催。
11月、第2回「地球を吹く in Japan」“望秋を吹く”を長野県・富士見高原にて開催。
11月、近藤等則ソロアルバム「Silent Melodies」リリース。
12月、Kay Nakayamaとの共演でクリスマススペシャルライブを開催。
2008
2月、第3回「地球を吹く in Japan」“雪月を吹く”を山形県・羽黒山にて開催。
4月、第4回「地球を吹く in Japan」“花吹雪”を埼玉県秩父・小鹿神社にて開催。
7月、1年間の「地球を吹く in Japan」の模様をまとめた「地球を吹くin Japan ~息吹き~ 第一年目 07夏~08春」「地球を吹く in Japan ~雪月を吹く~」2作のDVD・CDをリリース。
10月、書き下ろし・語り下ろしの書籍「いのちは即興だ」を刊行。
12月15日、近藤等則、還暦を迎える。
2009
2月、近藤等則ソロアルバム「Going Places... For Keith」リリース。
同月、第5回「地球を吹く in Japan」“清々冷々”を京都・上賀茂神社にて開催。
5月、新宿PIT INNでのイベント “TOKYO ROTATION 2009”に近藤氏も参加。Bill Laswell、山木秀夫、DJ Krushと共演。
同月、第6回「地球を吹く in Japan」“春潮を吹く”を四国・大三島にて開催。
6月、WOWOWの番組「QUEST~探求者たち~」にて近藤氏の活動を追ったドキュメンタリー『近藤等則 この魂の、いのちの「音色」が聞こえるか?』がオンエアされる。
7月、第7回「地球を吹く in Japan」“天の岩戸を吹く”を、7月22日の皆既日食に合わせて沖縄・伊平屋島、クマヤ洞窟前にて開催。
9月、Bill Laswell率いるバンド "Method of Defiance" のメンバーとして、オールナイト野外ミュージックフェス“METAMORPHOSE”に出演。
11月、第8回「地球を吹く in Japan」を熊本県・阿蘇山にて敢行(観客を招いてのライブは行われず)。
12月、Peter Brötzmann率いるユニット "Full Blast" の、新宿PIT INNでのライブに近藤氏もゲスト出演。
2010
3月、ドラマー山木秀夫とのデュオライブを東京・渋谷にて開催。
5月、新宿PIT INNでのイベント“TOKYO ROTATION 2010”に近藤氏も参加。Bill Laswell、山木秀夫、DJ Krushと共演。
6月、ポーランドの新進ジャズトリオ "Levity" との共演作「Chopin Shuffle」をリリース。9月には来日公演も行う。
9月、「地球を吹く in JAPAN」2年目の模様をまとめたDVD「地球を吹くin JAPAN The 2nd Year“うつろひ”」をリリース。
11月、山本寛斎SUPER SHOW「七人の侍」の音楽を担当。
2011
2月、第9回「地球を吹く in Japan」を能登半島・穂高で行う(観客を招いてのライブは行われず)。
3月、新宿PIT INNでのイベント“TOKYO ROTATION 2011”に近藤氏も参加。Bill Laswell、DJ Krush、山木秀夫、大友良英らと共演。
5月、第10回「地球を吹く in Japan」を宮城・青森県各地で行う。津波の被災地である大槌町海岸でも鎮魂の演奏を行った。
同月、東日本大震災復興支援ライブ“#restart”に、 "Bill Laswell presents Tokyo Rotation"として出演。
6月、ライブハウス "Last Waltz" 開店第一弾ライブに近藤等則・山木秀夫デュオとして演奏。
7月、第11回「地球を吹く in Japan」を愛媛・高知県各地で行う。
9月、第12回「地球を吹く in Japan」を北海道、利尻島で行う。
2012
1月、七尾旅人 presents 「百人組手」 ライブにZazen Boys、坂田明等と共に参加。
3月、東大寺の東日本大震災一周忌法要で奉納演奏を行う。
7月、近藤等則・文、黒田征太郎・画のコラボ絵本「水の話」を刊行。
同月、山木秀夫とのデュオライブDVD「Quiet Shout」をリリース。
9月、北京で開催された山本寛斎プロデュースのイベント“Hello China!”に近藤氏も出演。
11月、盟友Peter Brötzmannの来日公演(東京・名古屋)に共演。
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【出演】近藤等則(Electric trumpet)、志人(降神)

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杉並区荻窪3-47-21 サンライズ ビル1F

荻窪駅南口を出て目の前の線路に沿った道を新宿方面へ。
青梅街道に合流してから約100M。
荻窪駅から徒歩約8分。
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by sibitt | 2013-04-30 00:16 | 志人 LIVE情報 | Comments(0)
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